ジェフリー・K・ザイグ、W・マイケル・ムニオン「ミルトン・エリクソン―その生涯と治療技法」 理論にもとづいたいかなる心理療法も誤っていると思います。 なぜなら、人はみなそれぞれ違うのですから。(ミルトン・エリクソン) 前項でもちらりと触れた精神療法家ミルトン・エリクソンに関する本である。 上にも引用した通り、根源的(ラディカル)な物言いをする人だ。 ぼくの理解ではエリクソンは、カスタネダとレインの間にぴたりとはまる。 催眠の研究で名を成し、治療技法を理論化せず、一人一人にあつらえた形で 実践し、その方法論を伝えることで、この世界に積極的な生き方を残して いった人だと感じる。 カスタネダは呪術指向なので、ややもすればうさんくさく見られる。 レインは社会に対する見方が絶望的過ぎるきらいがある。 この二人をつなぐ、科学的でありながら、人間の社会性を見据えた、 しかも生きることに積極的なエリクソンが面白い輝きで見えてくる。 エリクソンは、17歳のときポリオを患い、聴力と視力以外のほとんどすべてを 失うことになる。そこから立ち直った彼は、人間の生命力とは何かを痛いほど 実感したことだろう。そして、その力強い生命力を伝えていくことに人生の 一つの意義を見出したにちがいない。 彼から学ぶべきことは多いと感じるが、はてさて私のようなチャランポランな 人間にどれほどのことができるのやら?

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岡本太郎「今日の芸術」光文社1999 ぼくにとって岡本太郎は大阪万博の太陽の塔であり、あるいは 「グラスの底に顔があったっていいじゃないか」である。 彼の作品がどう評価されているのか知らないし、それほど好みというわけでもない。 けれど、彼の「芸術はバクハツだ!」という言葉の力強さには惹かれる。 「今日の芸術」が世に出たのは1954年、遠い昔の話。 1999年に再刊され、横尾忠則が序文を、赤瀬川原平が解説を書いている。 時代の流れが感じられて面白い。 この本を、1911年生まれで1929年にパリに渡った岡本の、1954年における 文明論として読むと、工業化された今の社会の中でぼくらが楽しく生きていくには どんなやり方があるのか、そんなことを改めて考えたくなってくる。 芸術の<新しさ>に対する思い入れで書かれているから、新しければいいの? とか、 芸術じゃなくてスポーツでも疎外された自分を取り戻せるよね、とか思ってしまう 部分もあるのだけど、つい冷めた見方ばかりしてしまうぼくとしては、伝わってくる 熱い思い、特に第一章の「なぜ、芸術があるのか」には、なかなか心地よい波動を 感じたのであります。 なお、tade氏のページにこの本からの引用あります。

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テッド・チャン「あなたの人生の物語」早川書房2003 テッド・チャンの名前はしばらく前から気になっていたのだけれど 元sfファンの身でしかなく、最近はロクに小説も読まないものだから、 わざわざ読もうとはせず放っておいた。 それが夏に横浜でワールドコンがあった関係で旧友のst氏と会う機会が あったものだから、テッド・チャンはどうかと聞いてみたところ 「あれはおもしろいよ」と。 というような経緯でようやく読んだわけだが、なかなかおもしろい。 この本に収められた八篇のうち、特におもしろいと思ったのは二つ。 一つは表題作の「あなたの人生の物語」。 異星人との接触を扱ったものだが、世界、特に時間の認識の描き方が 秀逸で、ある意味、ガルシア=マルケスの「百年の孤独」を思い出させる。 もう一つは「顔の美醜について--ドキュメンタリー」。 こちらは近未来において美的な認識を技術的にコントロールできるように なったときの社会的な様相を書いたもので、ハインラインの「光あれ」を 思い出した。 各編の出来不出来は感じるし、人それぞれ好みもあるだろうけれど、 全体的に哲学的・科学的な思考実験の楽しさを思い出させてくれて、 楽しく読むことの出来た一冊である。 なお、こちらにワールドコンのときのインタビューの映像あり。

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「精霊の呼び声―アンデスの道を求めて」エリザベス・B. ジェンキンズ著、高野昌子訳 (翔泳社1998) アメリカで心理学をやっていた女性がペルーに行って シャーマニズムの修行をするお話。 カルロス・カスタネダの著作に比べるとやや甘口な印象を 受けるけど、インカの流れの世界観は、カスタネダの描く トルテカの世界観と重なりつつも、違いもさまざまあり、 新鮮。 おもしろい本だと思います。

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田中優の本、二冊

「戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方―エコとピースのオルタナティブ」田中優 (合同出版 2005) 「世界から貧しさをなくす30の方法」田中優、樫田秀樹 (合同出版 2006) 那覇のモノレールの県庁前駅でおりて国際通りをわたると まあまあの大きさの本屋があって、沖縄慰霊の日が六月二十三日に あった関係なのか、戦争関係の本のコーナーがあったので覗いてみると、 そこに二冊、未来バンクをやってる田中優の本がおいてあって、 といっても一冊は共著だが、言ってみれば、戦争はなぜ起きるのか、 どうやったらとめることができるのか、という本である。 戦争はないほうがいいと思う。 だが、なくすことができるかと考えると、かなり難しいな、と思ってしまう。 なくせないにしても、無用な殺生はすくないほうがいいと思うし、 その線に沿って生きていきたいとも思う。 ぼくは田中優のように熱心に環境や戦争の問題に関わることはしないし、できない。 けれど、会って話せば、田中優もただのおっさんで、こっちはなにかといえば わけのわからないゴクツブシ。 それでべつに問題ない。 それぞれがそれぞれのやりかたで生きるだけ。 どこかで重なり、どこかでつながる。 そういうことを楽しめばいいんだと思ってる。 沖縄の本屋で二冊の本を立ち読みして、そんなことを思った。

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「ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか―感情労働の時代」武井麻子(大和書房2007) ぼくは精神障害の人のための作業所でアルバイトをしている。 で、肉体労働でも、頭脳労働でもないその仕事を精神労働と考えた。 その世界では、感情労働というらしい。まだあまり一般的でないけれど。 だいぶ前から、工業化された国で、第三次産業、サービス産業が 増えていることが言われているが、おおむね、それがこれである。 著者の知る看護の現場の話が多いから、ある意味極端な内容であり、 だからこそかえって、現代を象徴している気がする。 どうすればいいか、というところまでは踏み込んでいないのが 残念といえば残念だが、簡単に言えるわけもないので、むしろ 正直な態度として受け止める。 医療・福祉系の仕事の人はもとより、現代のそうした側面に興味を 持つ人には勧めたい。 なお、aera の関連記事、[こちら]にあり。

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「狂気をくぐりぬける」メアリー・バーンズ、ジョゼフ・バーク著、弘末明良、宮野富美子訳 r.d.レインが関わっていた共同住居キングスレーホール、 そこでは精神病の患者も医療従事者も正式な治療関係とは 離れて生活をしていた。1960年代後半のことである。 本書はそこで暮らしたメアリー・バーンズの「狂気」の記録であり、 メアリーに寄りそい彼女を支えた医師ジョゼフ・バーグの視点からの 記録も添えられている。 当のr.d.レインはちょっと顔をだす程度だが、彼の実践を知る意味では 興味深い。 重たい本なので、軽い気持ちで読むこととはおすすめしない。

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「チャンスがやってくる15の習慣」レス・ギブリン(ダイヤモンド社) セールスマン向けの本ではあるのだが、人間関係をよくするにはどうしたらよいか、 という点で、シンプルに書いてあり、知識ではなく行動を重視するという点において なかなかよい本だと思う。立ち読みでも十分だが、買って手元においても損はないかも。

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「神を見た犬」ディーノ・ブッツァーティ著、関口英子訳、光文社文庫2007 イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティの短編集。 「アインシュタインとの約束」では悪魔がアインシュタインと取引をする。 アインシュタインには申し訳ない話だが、人間の愚かさを皮肉ったすてきな掌編。

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「エスリンとアメリカの覚醒―人間の可能性への挑戦」W.T.アンダーソン著、伊藤 博 訳、誠信書房1998 1960年代から1980年代へかけての esalen institute の記録。 日本ではエサレン研究所として紹介されているが、ニューエイジ的セミナーハウスとでも 呼ぶべきか。 ビート、ヒッピー、サイケデリクス、人間性心理学。 アメリカの西海岸的文化状況の流れに関心のある人には面白いかも。

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としべえ2.0β

北インド・ハリドワル辺りに出没中。

物好きな物書き

宇宙のど真ん中