みなさま、今日もネット上であれこれと、検索をなさったり、交流をなさったり、お元気でお過ごしのことと思います。
今日の元気のもとは、みなさま一人ひとり、いろいろ違うこととは思いますが、今日まで生きてこられたからには、みなさん、いろーんなスキルを身につけてきたことかと存じます。
「読み書きソロバン」はちょっと言葉が古いですが、日本語だけでなく、英語もやらなきゃとか、コンピュータのプログラミングくらいやってみたいとか、
いろいろなスキルが要求されちゃう ようなグローバルな時代にわたしたちは生きているわけです。
そこで今日は、スキルを身につけるためのスキルである、メタスキルのうちでも、こいつは最強とぼくが思っている
「習慣を変えること」の習慣化 について書こうと思います。
(なお、この記事ではスキルという言葉を使いますが、「やせたい」とか、「タバコをやめたい」とか、「習慣を変える」ことならなんにでも、この技は使えます)
それからついでに、ブログ関係の技術的な話題で、pico cms というシステムについての簡単な紹介もしちゃいます。
新しいスキルを身につけるためには、どうしたらいいのか あなたの人格の99%(当社測定値)は、「習慣」でできているにすぎない 習慣は変えられるということを、身を持って知るためには? とりあえず左手で箸を持ってみる pico cms というphpベースのフラットなシステムをxrea で動かしてみた アップロードするだけで動くはずなのに動かない! phpのバージョンを7.0から5.3に下げたら動きました、まる 新しいスキルを身につけるためには、どうしたらいいのか あなたが何か新しいことを始めようとしているとしましょう。
たとえば、英語がもう少し喋れるようになりたいとします。
すると、英語を勉強し、練習する必要があるわけですが、どんなふうにしたら、効率よく英語を喋れるようになるのでしょうか?
ここでは具体的な方法は書きませんが、とにかく自分にあった方法を探すことが大切です。
多くの人にとって有効な方法が、あなたにも有効とは限らないからです。
そして、まずは「この方法でいこう」と決めた上で、
十分な時間その方法で練習をする 必要があります。
この「十分な時間、何かをする」というのが、新しいスキルを身につけるためには「不可欠」であると同時に、一番むずかしい「関門」ということになるでしょう。
あなたの人格の99%(当社測定値)は、「習慣」でできているにすぎない あなたは自分のことをどんな人間だと思ってますか?
飽きっぽい? それとも我慢強い?
柔軟性がある? それとも一つのやり方にこだわる?
どんなふうに思っていても、それを否定的にとらえる必要はありません。
そして、今あなたが「自分はこうだ」と思っていても、
それは変えられるんだ と知ることが、新しいスキルを効率よく身につけるための第一歩です。
あなたの人格というものは、もちろん、生まれたときから決まっている部分もあるのですが、
99%(といっても言い過ぎでないくらい) ほとんどの部分が「変えられる」もの なんです。
というのも、あなたの人格のほとんどは、あなたがこの世に生まれ落ちた瞬間から、周りの人のあり方を真似ることによって、あなたが身につけてきた「習慣」にすぎないからです。
「でも、待ってよ、ぼくは人見知りで、初めての人とぱっぱと話すなんで絶対できないよ」と、例えばあなたは言うかもしれません。
確かに「いきなり変えろ」と言われても、それはできない相談でしょう。
でも、順を追って、少しずつできることを増やしていけば、あら不思議、
いつの間にか、初めてあったどんな人とでも、自信を持って、しっかり話せます、 という人間に、あなたが変身することも、決して夢ではないのです。
習慣は変えられるということを、身を持って知るためには? と、上のような話を読んでいると、「まあ、そうかもしれないな」と思うかもしれませんが、実際には習慣を変えるということは、そう簡単なことではありません。
「三日坊主」という言葉がありますが、やろうと決めたことを、三日もしないうちに忘れてしまうことは、多くの人が経験するところでしょう。
逆に「石の上のも三年」というように、一つのことを三年も続ければ、かなりのスキルを身につけることができます。
そこで、今まで「三日坊主」で終わってしまっていたあなたが、習慣を変え、新しいスキルを身につけるためには、「三年もあれば、なんでも変えられる」ということを
身を持って体験する ことが、まず重要になるのです。
とりあえず左手で箸を持ってみる 「習慣を変える」ためには、簡単なことから始めるのが一番です。
あなたが右利きだったら、箸を左手で持ってみましょう(左利きの人は右と左を入れ替えて考えてください)。
箸を左手で持つのが初めてだったら、右手のように器用には動かせません。
左手で全部ごはんを食べるのは大変でしょうから、最初の一口を左手を使って食べるだけで、あとは右手に持ち替えてかまいません(余裕のある人は、全部左手だけで食べてみるのもいいでしょう)。
はじめのうちは、うっかり右手に箸を持って食べ始めてしまうかもしれません。
それはそれで別にかまわないので、気がついたときに左手に持ち替えて、とにかく一口食べてください。
周りの人が何を言っても、気にする必要はありません。
「頭の体操」だ、とでも説明すればいいでしょう。
そうして、いつでも普通に左手に箸を持ってごはんを食べ始めることができるようになったら、このミッションは終了です。
そのまま続けてもいいし、もうやめてもいいし、好きなようにしてください。
夜中たわし(id:tawashix)さんが、恐ろしい夢の話を大変ユーモラスに書いている。
・思考実験「水槽の脳」と最悪の初夢 - 夜中に前へ
そして記事の最後に、
夢に詳しい方、こういう夢を見る心理状況は一体何なのか教えてください
とあるので、それに答える形で、こうした夢の枠組みの意味と、対処の仕方を、ぼくの経験を交え、考えてみたい。
夢の中で夢であることに気がつく明晰夢 夢から覚める方法 夢から覚めても、まだ夢の中 なぜ人は夢を見るのか 夢の中で夢であることに気がつく明晰夢 明晰夢ってどのくらいの人が見るのだろうか。
ぼくもたまに見るが、夢であることに気づいた場合、「えいっ」と思い切ってしまえば、壁を突き抜けたり、空に飛び上がったりできる。
うまく飛び続けられないで、苦労したりすることもあるが、悪夢的な状況に陥ったことはない。
うまく飛べた場合は、実に爽快だが、気分が高揚しすぎると夢が終わってしまう。そこのところはなかなかコントロールができない。
夢から覚める方法 夜中たわしさんの場合は、明晰夢が悪夢につながりやすいとのことで、夢を中断している。
「起きようと念じながら体に力を込めると、簡単に起きることができる」のだそうだ。
この点は、「金縛りから抜け出す」方法と同様だ。以前記事を書いているので参考にしてほしい。
http://meratade.blogspot.com/2016/10/blog-post_22.html
人によって違いがあるのだが、手足の指先を動かすのが、比較的多くの人に向いているようだ。
夜中たわしさんも、悪夢のレベルが深まっていったときには、ふだんとは別の「目覚めのテクニック」を使ったらいいかもしれない。
夢から覚めても、まだ夢の中 この夢の入れ子構造も、一定数の人は体験するようだ。
ぼくも一度だけ、夢から覚めてもまた夢だったことがある。
これが意味するのは、まだ、「心が夢を必要としている」ということだろう。
そして、金縛りも含め、悪夢一般に共通することだが、すべての夢には意味があるのだから、いたずらに怖がらないのが吉。
「何が起きても、別に怖くないんだ」という気持ちを持つことができれば、逆に、悪夢からでも、力をもらうことができる。
たとえば、夢に化け物がでてきて恐ろしい思いをしたとしよう。夢から覚めた段階で、
「あー、怖かった。でも、次はあの化け物と友だちになるぞ」
と考えるのだ。
すると、次に化け物が出てきたときに友だちになれることもあるし、もう化け物が出てこなくなることもある。
夜中たわしさんは、すでに板尾創路と一体となっておられるので、これは友だちになったことを意味するのかもしれない。
しかし、また別の「板尾創路」が出てくる可能性があるので、そのときは怖がる気持ちを抑えて、友だちになってしまえば、素晴らしい力をもらうことができるだろう。
なぜ人は夢を見るのか 夢については、十分に科学的な説明は今のところできないと思われる。
けれども、夢を見ることが記憶の定着に役立つのは分かっているし、夢には心理的な葛藤の解決の役割があるだろうとも考えられている。
たわしさんの夢に出てくる「板尾創路」が何を意味するのかは、たわしさん自身の無意識に直接聞かない限り分からない。
しかし、ここで「夢に出てくるものはすべて自分である」という説を採用すれば、それは、たわしさんの中に潜む、意識的に向き合うことが難しい何ものかだったのだろう、ということはできる。
そして、たわしさんは、四段階のステップを踏んで、その何者かと一体化することによって、無意識のレベルで何らかの葛藤が解決されたのだと推測される。
たわしさん、おめでとうございます。
そして、また、楽しいお話聞かせてください。
というところで、この記事はおしまいである。
最後までお読みいただいたみなさん、ありがとうございました。
☆こちらの記事もどうぞ。
・秘伝・悪夢解消術・悪役編 - *魂の次元*
ダイアリーのみなさん、こんにちわ。
blogspot に便所の落書きが金の卵を生むガチョウになるネット錬金術と瞑想の効用についての駄文を書きましたので、よろしければどうぞ。→
いんたーねっとトハ超次元的ニ縫イ合ワサレタ便所ノ落書ノ網目ナリ
http://meratade.blogspot.jp/2016/10/blog-post_4.html
バンコクのあと、マレーシアのクアラルンプルまで南下し、そこから南インドに飛んだ。
シヴァ神の具現である聖なる山アルナチャラの麓の田舎街ティルバンナマライで過ごしたひと月は格別だった。
そののち、マレーのペナンでしばらく過ごしたあと、今はまたタイのハートヤイにいる。
なんの因果(カルマ)で自分はこんなところをうろついているのだろうかと、いぶかりながら、三つの国の共通点と相違点に想いを馳せるハートヤイの夕暮れどきである。
[http://dimofsoul.hatenablog.jp もよろしく]
人に文句など言われると、
気分がくさる、気分が滅入る。
けれど、そんなのは、自分の心が弱いからにすぎなくて。
言いたい人には言わせておけばいい。
たとえそれが、身近な人であったとしても。
いや、身近な人だからこそ、自由に言わせてあげればいいんだ。
人の言葉で傷つく自分をきちんと抱きしめてあげよう。
そしていつか、そんな言葉に傷つかない強い人間になろう。
[ http://meratade.blogspot.com もよろしく。 ]
昨日もblogspotに書きました。
インドはプシュカルでのヴィパッサナー体験記、遅々として進みませんけれど。
http://meratade.blogspot.com/2016/03/4.html