ベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンはマインドフルネスがアメリカの精神療法に取り入れられるきっかけを作ることになった人物である。

マインドフルネスと並んで彼が提唱している重要な概念がインタービーイングであり、日本語にすれば「相互存在」というところだろう。

インタービーイングという言葉は「この世界の中の存在は、個別に独立して存在しているのではなく、相互に依存しあって存在している」ということを意味している。


ティク・ナット・ハンは「一枚の紙の中に雲を見る」ということについて、インタービーをこう説明している。

もしもあなたが詩人なら、この紙のうえに雲が浮かんでいるのが、はっきり見えることでしょう。雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ、木は育ちません。そして木がなければ紙はできないのですから、この紙がこうしてここにあるために、雲はなくてはならないものなのです。もしここに雲がなかったなら、ここにこの紙は存在しません。それで雲と紙はインタービー(相互共存)しているといえるのです。

interbeing | ともにあること

(以上、『微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践』https://amzn.to/378RGIr の一節を孫引き)

ティク・ナット・ハンは1966年にティエプ・ヒエン教団を立ち上げているが、ベトナム語のティエプ・ヒエンは漢字では「接現」となり、「接=接する、続く」、「現=現れる、今ここに現す」の意味で、これをナット・ハンは「インタービーイング」と訳した。そして、インタービーイングは仏教の教えのうちの「無我、十二縁起、中観」を意味すると説明している。
*1

漢語としての接現は、「今ここに現れ続ける」と解せるが、その背後に「相互存在として」という意味が隠されているということなのだろう。

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先ほど「一枚の紙に雲を見る」という話は、実は般若心経の内容を説明するためのものである。*2

ナット・ハンはインタービーイングを「無我、十二縁起、中観」と説明しており、般若心経は「中観=空(くう)」を説く経典であるから、その意味では納得できる。

そして、「あらゆるものの本質は空である」ということと「十二縁起=この世の全ては因果の連鎖によってつながっている」ということを合わせたとき、「紙の中には雲がある=すべての存在は、相互に依存して存在している」という説明の意味も十分に理解ができる。

この説明の仕方は、般若心経に新たな光を当て、新鮮な風を送り込むものとして、すぐれた解説だと言える。

しかしながら、「納得」も「理解」もできるが、インタービーイングという言葉が「般若心経の心」を表し、「無我、十二縁起、中観」をまとめて表現するためには、もう一つの「補助線」が必要である。

それが華厳思想の一即一切(いち・そく・いっさい)という考え方である。

これは「一即多・多即一」とも言われるが、「一つのものにすべてのものが含まれ、すべてのものが一つのものとして統合されること」を意味する。*3

ナット・ハンは、この考え方をインタービーイングという言葉に込めたわけである。*4

上座部系の瞑想実践においては、「気づき=マインドフルネス」とともに、「慈悲=コンパッション」が強調されるが、ナット・ハンの場合には、インタービーイングという言葉を通して、「世界のすべての存在がともに平和にあること」の大切さを説くことで、慈悲と同等の価値を説明しているわけだ。

以上、インタービーイングと華厳思想の関係についてネット上で解説している記事が見当たらなかったので、覚書の作成まで。

☆今回参照したティク・ナット・ハン師の著作
「微笑みを生きる―“気づき”の瞑想と実践」
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「仏の教え ビーイング・ピース―ほほえみが人を生かす」
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※誤字・脱字など乞う寛恕。連絡も歓迎。

*1:http://en.wikipedia.org/wiki/Order_of_Interbeing より

*2:http://www.ne.jp/asahi/bodhipress/way/news/kimoti.html 参照

*3:http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E4%B8%80%E5%8D%B3%E4%B8%80%E5%88%87 参照。なお、一即一切は華厳経の言葉ではなく、華厳経を解説した『華厳五教章』の言葉なので、厳密にはここで取り上げるべきは「相即相入」なる概念なのだが、次の注の参照ページ内の棚橋氏の説明に合わせるため、「一即一切」を説明した。相即相入については http://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E7%9B%B8%E5%8D%B3%E7%9B%B8%E5%85%A5 参照。ティク・ナット・ハンは相即相入を英語で interconnectedness と説明していると思われる

*4:『ビーイング・ピース』の解説で訳者の棚橋氏が華厳経について言及している。 http://blog.livedoor.jp/t2san/archives/50441740.html 参照