たった三回の深呼吸で、マインドフルで充実した日々があなたのものに!
マインドフルネスやヴィパッサナー瞑想に興味のあるあなたに朗報です。
瞑想って実はとっても簡単で、しかも効果抜群なんです。
なにしろ、
- 気が向いたときに「鼻から三回深呼吸する」、
たったこれだけのことを続けていけばいいんですから。
簡単すぎて、信じられませんか?
それではもう少し詳しく見ていくことにしましょう。
※なお、この記事ではマインドフルネスもヴィパッサナーも含めてすべて瞑想と呼ぶことにします。
なぜ鼻で三回深呼吸するだけで、頭がすっきりするのか?
瞑想の効果にはいろいろなものがありますが、たとえば、
- 頭がスッキリする、
- 頭の回転がよくなる、
- 気持ちが落ち着く、
- 自分に自信が持てるようになる、
といったことが挙げられます。
どうしてこういう効果があるかというと、
- 頭の中を空っぽにすることで、
- 悩みごとが少なくなり、
- 余計なことに頭を使わなくてすむようになるから
なんですね。
悩みごと、考えごとが減れば、頭はスッキリし、スッキリした頭は回転もよくなります。
頭がスッキリすれば、気持ちも落ち着くし、気持ちが落ち着けば、自分に自信が持てるようになるわけです。
それで、実際の瞑想のやり方ですが、
- 鼻から胸いっぱいに、ゆっくりと息を吸う、
- 同じくゆっくりと長く、全部の息を鼻から吐き出す、
- このとき吸っている息と吐いている息に意識を集中する、
- これを三回繰り返す、
というだけの簡単なものです。
(できれば吸う息も吐く息も鼻からがいいのですが、やりにくければ、吐く息は口からでもかまいませんし、鼻が詰まってしょうがないときは口からでもいいでしょう)
3番目の吸う息と吐く息に意識を集中する、というところが大切です。
何か考えごとをしながら呼吸をするのではなく、
- 鼻の穴を入っていく空気は冷たいか、
- 鼻からのどを通って肺にまで入っていく空気が感じられるか、
- 肩や胸、お腹はどんなふうに動いているか
といった自分の体の感覚や動きをよく意識して観察してみてください。
こうして意識を今自分の体に起こっていることに向けることで、頭を空っぽにして、心と体のバランスを取り直すことが可能になります。
わたしたちは過去を思い悩み、未来を心配することで、知らず知らずのうちに頭を使いすぎてしまい、体も緊張して、リラックスできない状態になっています。
体には本来、自分の元気を回復させるための仕組みがあるのですが、緊張しすぎるとその仕組みがうまく働かなくなってしまいます。
三回深呼吸の瞑想によって頭を空っぽにしてやることで、体が本来持っている元気を回復させるためのプロセスを活性化してやれば、心と体のバランスも自然に回復することになるのです。
気がついたときに三回の深呼吸をするだけでも、それが一週間、二週間、そして、ひと月、ふた月と経っていくうちには、瞑想の効果がはっきりと感じ取れるようになるでしょう。
また、余裕があれば、三回に限らず、時間の許す限り何回でもやってみるとさらに効果が上がります。5分から15分もすると、かなりはっきりと心が落ち着くのが分かってくるはずですし、1回30分から1時間程度を自然にできるようになれば、あなたはすでに瞑想の中級コースに足を踏み入れたことになります。
無理をせず自分のペースで、瞑想を楽しんでみてください。
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判断せずに今を受け入れる。瞑想の長期的な目標は「好き嫌い」をなくすこと。
瞑想は何のためにやるのでしょうか。
勉強を効率的にやりたいから、仕事をスムーズにしたいから、心の重荷を卸したいから……、その理由は人それぞれでかまいません。
けれども、瞑想の最終的な目標地点は
- 「好き嫌い」をなくすこと
なのだと覚えておくと、とても役に立ちます。
瞑想をするときは自分の体に起こっていることを観察するのですが、そのとき心地よいことでも不快なことでも、それについて判断を下すことなく、「ああ、今、自分の体にはこんなことが起こっているな」とただ受け止めるだけにするように心がけます。
たとえば、体の調子が悪くてのどが痛かったとしても
「ああ、痛いな、嫌だな、もっと健康に注意しないとな」
などと考えるのではなく、なるべく
「のどが痛いのを自分は感じてるな」
と、ただ観察するだけにします。
長い時間瞑想すると、どうしても不快なことも感じるようになります。
そのとき
「ああ、不愉快だな!」
と思うことは避けられません。
そんなふうに思ってしまったら、そのときもやはり、
「あ、自分はまた不愉快に思ってるな」
と一歩引いて観察してやればよいのです。
「不愉快に思ってはダメだ」と考えても仕方ないのです。そう考えたからと言って、人間なかなかそれをやめられるものではありません。「ダメだ」と価値判断をくだすのではなく、ただ「また不愉快に思ってるな」と客観的に観察をしていると、だんだんと不愉快な思いは減っていくのです。
瞑想のやり方のコツがつかめると、座っているだけで心が落ち着いて、なんとも言えない幸せな気持ちがやってくるかもしれません。
そんなときも、その心地良い感覚に浮かれたり、しがみついたりしないように気をつけます。
つまり、
「やった、こんなすごい状態になれたぞ!」
と大げさに喜ばないほうがいいのです。
そうではなくて、「今自分は幸せな気持ちを感じているな」とだけ、これも客観的に見てやるのです。
また、その幸せな気持ちがやがて去っていくことになるとき、
「あー、行かないで、もっとこの幸せを味わっていたいんだからっ」
と考えたとしたら、かえって幸せはさっさと消えていってしまうでしょう。そのときも、がっかりしたりする必要はありません。
この世で起こるできごとはすべて移り変わっていきます。やってきては去っていくのがこの世の法則なのです。これが仏教でいう「無常」ということの意味であり、「無常」のものにしがみつくのをやめ、それを毛嫌いすることをやめることで心の落ち着きが得られるというのが、仏教の教えなのです。
つまり「好き嫌い」をやめれば幸せになれる、というわけです。
「好き嫌い」がなくなったら、人生味気なくない?
「気がついたときに鼻から三回深呼吸をするといいですよ」という話を実践してくれている友だちがいます。
その友だちが、
鼻で深呼吸は、思考が疲れた感じがするときや、ちょっと待っているときにするといい感じがする。それでいいんだろうか。
と書いてきたので、上に書いたような説明をしてそれでオーケーですよ、と答えました。
そしてさらに、
「好き嫌い」をなくすというのは、嫌いをなくすのはいいけれど、「これ大好き」というのをニュートラルにしてしまうのは惜しい気がする。
やっぱり好きなものは好きでいたい。これとはどう付き合えばいいのだろう。
と聞かれました。
確かに「これが好きなんだー」というものがなくなってしまったら、なんだか人生味気なくなってしまいそうですよね。
でも、そんな心配はいりません。
というのも「好き嫌い」をなくすといっても、無理やりその気持ちを手放せ、というわけではないからです。
瞑想中に好きなもののことが頭に浮かんできて、例えば「みかんが食べたいなー」と思ったとします。
そのとき、「こんなことを思っちゃいけない」というのではなく、
「あ、自分は今みかんが食べたいと思ってるな、みかんが好きだもんな」
とただ客観的に確認してやるのです。
そうやって自分の欲求をきちんと確かめることができれば、無闇にみかんが食べたくなったり、みかんが好物だからといって、みかんを食べすぎたりといった、みかんに対する「とらわれ」からくる悪い行動がだんだん減っていくことになります。
好きなものをなくすわけではなく、好きなものがなくても大丈夫になっていくのです。
それから、こんなこともあります。
みかんに執着して人生ががたがたになる人はいないでしょうが、これがお酒や異性やギャンブルだったらどうでしょう。
自分の中に「お酒がほしい、彼氏・彼女がほしい、ギャンブルがしたい」といった欲求があるのに、無理にそれを抑えつけてもストレスが溜まるばかりです。
これは、お酒でトラブルを抱えている人に「ほしいんだったら飲んでもいいよ」と言っているわけではありません。
そうではなくて、
「自分は確かにお酒がほしいんだけど、それは害があるからやめようとしてるんだ」
ということをきちんと確認すればいいのだ、という話です。
ほんとはほしいのに、「お酒なんかほしくない」と自分に嘘をついても、しんどいばかりで、いつかスリップして飲酒してしまう原因になりかねません。
自分に正直になり、「お酒がほしい」という自分の気持ちを認めることができれば、やがてその気持ちもだんだんと薄れ、時間はかかっても、いずれお酒なしで大丈夫な自分になっていることに、気がつくことになるでしょう。
こういうわけで、自分の欲求をきちんと確かめて、受け入れてやることが大切なのです。
気がついたとき、ちょっと時間があるときに鼻から三回の深呼吸。
たったこれだけのことですから、試してみてくださいね。
というところで、この記事はこれでおしまいです。
それではみなさん、ナマステジーっ♬