みなさん、神さまは信じてますか?

神さまがこの世界を創ったのか、それとも人間が神さまを考えだしたのか。

今日は、

という本を紹介しながら、そんな話について考えてみようと思います。

「神さまがこの世界を創った」と考えることは、科学と矛盾しません。

神さまを信じるか? と言われたら、答えに困るかもしれませんが、「この世界が神に創られた」というような考え方はしていなくても、日本では願い事を神さまに頼んだりするのは、割と普通ですよね。

そういう曖昧な信仰の形とは違って、ヨーロッパやアメリカでは、「唯一・万能の神がこの世界を創った」というようなきっちりした信仰が生きています。

アメリカのキリスト教原理主義者の方などは、キリスト教の考え方と矛盾するから進化論を学校で教えるな、と言ったりするようです。

でも、進化論って、神さまが世界を創ったっていうような話と、別に矛盾しないと思うんですよね。

聖書に書かれているとおりに、何千年か前に神さまがこの世界をお創りになったとしましょう。

でも、それは万能の神さまがなさったことなんですから、あたかも

  • 「138億年前にビッグバンがあって、46億年前に地球ができて、そうして生命が生まれ、途方もない時間をかけて進化した結果人間が生まれた」

かのように見せかけて、この世界を創ったからなんだってことで、十分説明がつくじゃないですか。

ですから「神を信じるか否か」はあくまで個人の考え方の問題であって、科学的な思考とも合理主義的な人生観とも矛盾せず共存できるものだと思うんです。

「神々の誕生」は進化の副産物なんでしょうか。

この世界を神さまが創ったかどうかはさておいて、とにかく人類は猿の仲間から長い時間をかけて進化してきたようです。

トリーさんの「神は、脳がつくった」という本の説明では、人類200万年の進化の歴史の間に、次のような神の誕生を準備する「5つの段階」があったとしています。

そして、この進化の副産物として、神々は生まれたっていうんですね。

  1. 200万年前、脳の大きさ、知能が増大し、道具を使うようになる。
  2. 180万年前、自意識が誕生し、狩りや共同生活といった自他の意識を必要とする行動が可能となる。
  3. 20万年前、「心の理論」が発達し、他者の心を推測する能力が生まれ、相手を思いやる行動が生まれる。
  4. 10万年前、「内省的意識」が発達し、他者が自分をどう見ているかを考えるようになる。その結果、飾りを身につけたり、様々な自己装飾をするようになる。
  5. 4万年前、自伝的記憶が発達し、自分の過去や未来について考えられるようになる。道具や武器、洞窟で見つかる絵画、貴重な副葬品を合わせてする埋葬などといった技術・文化が加速度的に進展する。

このようにしてヒトが、

  • 「自分の過去と未来を考え、死後の世界について思いをめぐらすようになったとき、神々が生まれたのだ」

というわけです。

進化によって人類が巨大な脳を獲得し、類まれな知能を駆使するようになったことの副産物として「神々を発明する必要があった」のだとするトリーさんの考えは、確かに理に適っているように思えます。

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「神々」の誕生と「ゴッド」の誕生

さて、トリーさんは、

生者と死者の関係における革命がもたらした結果の一つが、最初の神々の出現だったように思われる。(……)神々は八〇〇〇年前から七〇〇〇年前に現れた可能性があるが、もしかしたらもっと早く現れたかもしれない。

*1

と書いていて、これは農耕が始まることによって、定住が進み、死者を居住地のそばに埋葬するようになったことが祖先崇拝へとつながって、そうして神々が生まれたのだ、というのですが、ここのところはちょっとどうでしょうね。

というのは、現在でもアマゾンの奥地などには、狩猟採集を中心として半定住の原初的暮らしを続けている、たとえばヤノマミといった人々がいるのですが、彼らは死者を埋葬することはしません。

彼らは死者を焼き、その灰を食べることで死者の弔いをするのです。

そして、彼らは独自の神話を持っていて、神々や精霊と共に今も暮らし続けています。

キリスト教につながるような「世界を創る神」をここでは「ゴッド」と呼ぶことにすると、「ゴッド」の誕生には農耕や埋葬の発達が大きく関係する可能性があります。

けれども、人間を作ったり、人間に火をもたらしたりするような「超自然的なな存在」としての「神々」は、必ずしも農耕とは関係がないように思われます。

狩猟採集の生活をしていた人類は、恵みをもたらしてくれたり、災いをもたらすような超自然的な力を持つ存在を「神々」と考えたのではないでしょうか。

人々はそうした「神々」をおそれ、うやまったはずですし、それは現代に生きる我々が、「困った時の神頼み」をするのと、大して違わないことのように思うのです。

この辺りの「神々」に対する意識の持ち方は、アジア的・日本的なあり方と、ヨーロッパ的・キリスト教的あり方とでは、大きく違っているように思えます。

トリーさんが「神々の誕生」を「農耕」と関連づけたのは、ヨーロッパ的思考の産物であり、アジア的な観点からすれば、

  • 「狩猟・採集」の時点で「神々」は誕生していた、

と考えるのが自然なことではないでしょうか。

☆紹介した本はこちらです。

☆参考にしたページ
Book review – Evolving Brains, Emerging Gods: Early Humans and the Origins of Religion | The Inquisitive Biologist

早すぎた「神々の黄昏」としての仏教、そしてデカルト・ニュートン・ニーチェからマインドフルネスへ

科学的な世界観が主流になるとき、神さまを信じる人が減り、宗教の力が弱まるようなことも起こります。

トリーさんの本の内容からは外れますが、そうした「神々と人間の関係」について、仏教と西洋の合理主義の視点から少しばかり考えてみましょう。

お釈迦さまことゴータマ・シッダルタさんは、今から2,500 - 600 年前の人ですが、この方の説いた教えが画期的だったのは、科学の「か」の字もない時代に、神々に頼らない

  • 「合理的かつ現世的な幸せを得る方法」を説いた

点にあります。

それまでの人類は、神々に頼るか、神々を代理する僧侶などに頼る以外に、「災いを避け、恵みを得る方法」がありませんでした。
*2

ゴータマさんは、インドの宗教・哲学の文脈の中で修行をすることによって、日々の「瞑想」を正しくすれば、「災いを避け、恵みを得ることができる=幸せになれる」ことを発見してしまったのです。

ゴータマさんは「神々の否定」はしませんでしたが、

  • 神さまも人間同様悩みを持つ存在であり、神さまに頼っても十分な幸せは得られない、

という大胆な主張を行なったわけです。

こうしてあまりに早くに「神々の黄昏」を予告したゴータマさんの教えは、祖国インドではすたれ、アジア各国に伝わりはしたものの、ほかの数々の宗教と並ぶ一つの宗教の位置に長らくとどまることになります。

  *  *  * 

17世紀にデカルトが合理主義的思考の礎を築き、その時代の空気の中でニュートンが万有引力の法則を発見することで、近代科学の時代が幕を開けるわけですが、

  • デカルトもニュートンも神を否定したわけではなく、逆に「神の存在を証明するため」に合理主義的および科学的な手法を追求していたのだ、

ということは、決して忘れてはならないことでしょう。

西洋の合理主義の世界では、19世紀のニーチェに至って、ようやく「神からの卒業」が宣言されますが、そこにはイギリスを中心としたヨーロッパ諸国の植民地支配が広まる中で、西欧社会にインドなど東洋の思想が流入し、大きな影響を与えたことも見逃せません。

やがて20世紀になり、2つの世界大戦を経験したのち、ヒッピーが生まれ、ビートルズがインドに行きます。そしてスティーブ・ジョブズが瞑想し、グーグルがマインドフルネスを取り入れる時代がやってきました。

インドに根づくヨーガや瞑想の伝統も含め、周辺のアジア諸国に伝わった上座部や大乗・金剛乗の仏教が、マインドフルネスという新しい装いのもとに、欧米社会の最先端のビジネスマンにまで広まっているのが今という時代なのです。

私たちは近代人として、科学的な合理主義によって「神々を卒業したつもり」になっていましたが、IT技術の発達もともない、

  • 「物質的な豊かさだけでは幸せは得られない」

ということに気づかざるを得ない地点にまで、ついに到達してしまいました。

世界的に排外主義の風が吹き荒れ、ファシズムの黒い雲があちこちに見え隠れする21世紀の初頭に、人類の行く末を憂うみなさんが、「災いを避け、恵みを得る」ための極めて合理的な方法である「マインドフルネス≒瞑想」を学ぶことによって、未来への確かな希望を得られるように願ってやみません。

☆マインドフルネスの源流である初期仏教の瞑想については、こちらの本がおすすめです。

というわけで、久しぶりにだいで大風呂敷を広げましたが、この記事はこの辺で終わりにします。
それではみなさん、ナマステジーっ♬

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*1:脳が進化していくどのタイミングで神が現れたのか?──『神は、脳がつくった――200万年の人類史と脳科学で解読する神と宗教の起源』 - 基本読書 より孫引き

*2:厳密に言えば、インドの思想の伝統の中にそうした方法論はあったのですが十分に体系化されておらず、ゴータマさんがそれを初めて体系化した、ということです