*魂の次元*

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Q:差別発言に表現の自由はあるか? A: ええ、もちろん。あるいは、敵は作るな、味方を増やせ

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わっとさんの記事、
「差別からの自由」は「差別する自由」に優先する。よって「差別する自由」などというものはない - しいたげられたしいたけ
は、みなさんご覧になってますか。

twitter上の「人間には差別する自由もある」という発言に対する反論です。

わっとさんの主張を簡単にまとめると、

  • 人間には「差別されない権利」がある、
  • したがって、他者を「差別する自由」は法によって制限される

というもので、まったく妥当な主張です。

ただし、元の発言をした柴田英里氏は、決してわっとさんの主張に反することを言っているわけではないので、その点について少し書きます。

人間には「差別する自由」があることと、「差別」は法律で制限されていること

  • 人間には「差別する」自由だけでなく、「ありとあらゆることをする」自由がある、

というのが、ぼくの基本的な立場です。

けれども、なんでもかんでも自由にしたら、社会生活上さまざまな混乱が生じますから、そうした自然権的な自由に対して、法律的な規制をかけるわけです。

ですから、「差別をする自由」があるからといって、無制限に差別をしていいわけではないし、むしろ「差別をされない権利」を優先して、多くの「差別」には、法のもと規制がかかっているわけです。

柴田氏の主張は、「表現の自由は安易に規制すべきでない」というところにある

さて、柴田氏は「人間には差別する自由もある」という主張をしたために、「差別を容認する」考えを持つ人物であるかのように受け止められたわけですが、前節で述べたとおり、「差別する自由」は法によって制限を受けており、柴田氏はそうした法規制について特に異を唱えているわけではありません。

彼女の主張はあくまで、

  • 表現の自由は安易に制限すべきでない

というところにあります。

(参照: https://twitter.com/hokuto_83/status/907447823607619584
https://twitter.com/erishibata/status/907459640056725504
https://twitter.com/erishibata/status/907478364067307520
柴田氏の発言は断片的であるため、全体としての主張は読み取りづらいのですが......)

つまり、柴田氏は芸術家としての立場から、

  • たとえ「差別的」と思われる表現であっても、安易な法規制は行なうべきではない、
  • 表現が法規制されれば、国家の恣意的運用の恐れがある

という、これもまた、まったく妥当な意見を述べているものと思われます。

(もちろん、これについては異論もありましょうが)

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ところで、みなさん、議論ってどうしてするんでしょうね? あるいは「敵を作るな、味方を増やせ」

ネット上で人の意見を見て、これはおかしいなって思うことは、よくありますよね。

でも、一々反応してたらキリがありませんから、大抵は放って置きますかね。

今回の件はわっとさんとしては、放置できない問題だから、わざわざ記事を起こしたに違いありません。

そして、冒頭でも述べたとおり、わっとさんの主張自体は、まったく正しいものだと思います。

しかしながら、わっとさんが引用している山崎雅弘氏の発言
https://mobile.twitter.com/mas__yamazaki/status/906745708396429312
は、柴田氏の発言を「誤読」した上のものであると、ぼくには思われますので、結果として、わっとさんの記事が、不当に柴田氏の評価を下げるものとなっている点は残念です。

山崎氏は、柴田氏のたった二つの断片的な発言から、彼女に「否定的」なラベルを貼った上で、柴田氏を評して

最初から最後まで一貫して自分を「差別するかしないか選べる側」に置いているのがすごい

山崎 雅弘 on Twitter: "「(続)」とあるので一応最後まで読んでみたが、最初から最後まで一貫して自分を「差別するかしないか選べる側」に置いているのがすごい。自分が理不尽な差別で苦しんだり惨殺されるという想定が思考にない。そして「表現内容への批判」と「差別という行為への批判」の違いを無視して同一視している。 https://t.co/TDksYUVGvw"

というのですが、これはまったくの誤読としかいいようがありません。

柴田氏は、『自分を「差別するかしないか選べる側」に置いている』わけではなく、

  • すべての人間は「差別するかしないか選べる」のだ

といっているだけのことです。

我々は自然権として、「差別する自由」も持っているのだということは、初めの節で述べたとおりです。

しかしながら、「差別する自由」ということを安易に持ち出せば、差別を助長する恐れは十分あるわけですから、山崎氏の発言が、その点を注意・批判するものだと考えれば、それには十分な意味があります。

(残念なことに山崎氏の発言は、その範囲を超えて、誤解に基づく個人攻撃になっていると思いますが)

というわけで、です。

ネット上で、議論をしたり、誰かの意見を批判したりするときは、相手を否定したり、攻撃したりすることのないように、よくよく注意すべきだと思うんですよね。

わっとさんは、

ツイッターのことで、当該発言のみを貼ると「切り取り」などと批判される恐れがある。かといってタイムランを全部貼り付けるわけにもいくまい。山崎 雅弘@mas__yamazaki さんのこちらのツイートからさかのぼると全容が辿れそうなので、引用をお許しください。

という誠実な姿勢で、記事を書いてらっしゃるので、決してわっとさん自身が柴田氏を否定しているわけではないのですが、山崎氏の発言を引用した時点で、柴田氏を根拠なく貶めることになってしまったことは、まったく残念に思います。

こんなふうに書いていても、別にぼくは、わっとさんのことを悪く言うつもりもなければ、山崎氏のことを責めるつもりもありません。

人間ですから、十分調べずにうっかり思い込みで書いてしまうことは、誰にだってあります。

ただ、そういう間違いをしがちだということも考えたとき、うかつに人を「否定」したり、「攻撃」したりするような言葉は使うべきじゃない、と思うんです。

そして、そういう「ネガティブ」な言葉を使っている人の発言は、「引用」しないほうがいい。

余計な「ネガティブ」な言葉は、敵を作り、味方を減らします。

それよりは

  • 敵を作らず、味方を増やす

平和で楽しい言葉を使いたいものじゃないですか。

てなところで、今日はおしまいです。
それでは、みなさん、ナマステジーっ♬

[追記]こちらは、この記事を補足する内容の記事ですので、よろしければどうぞ。
差別はしないほうがいいけど、差別表現のすべては取り締まれないでしょ? - *魂の次元*

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