*魂の次元*

空間と時間と魂と。無限の次元でぼくらは遊ぶ。

xevraさんの宗教無力論を考える - 宗教もありなんちゃう?

[xevraさん、間違えてzevraさんにしちゃってました。ごめんなさーい]

この記事では、xevra さんの
神は居る でも宗教は無力である事は証明されてる - xevra's blog
について、納得のいく点と、そうでもない点についてつらつらと書いてみます。
xevraさんが書くに、

人間、より良く生きていく上で現実を正しく認識する事は大切だ。

まったく同感です。

今我々が生きているのは、今から138.2億年前にビッグバンと言う大爆発があって宇宙が出来上がったからであるが、もし、神が居るとするならばここに関わった存在以外には考えにくい。

これは、ビッグバン仮説を信じるならば、という前提で、納得します。

しかし、こういう考えはどうでしょうか?

たとえば、ニュートンが考えるように、4000年前に全能の神がこの宇宙を無から創り出したとしたら?

もちろん全宇宙の従う物理法則から何からと、初期値としての世界のあり方もすべて含めてです。

あたかも宇宙全体が、138.2億年前のビッグバンから始まったかのような初期設定で、また、地球は45億年前に生まれ、その上で生物が生まれ、進化し、人間が誕生したかのような、精密な初期状態で世界を創り出したとしたら?

全能の神が、そのように世界を創り、しかも全能の神のみを信じるものを救うような、人類には計り知れない計画を持っていないと、論破する根拠はありうるでしょうか?

これは別に、ぼくがそのような世界観を信じるという意味ではありません。ただ、例えば、アメリカのキリスト教根本主義の方々が、このような信仰を持っていたとしても、ぼくには論破できない、という話です。

  *  *  *

人生において大切なのは、いい人生を形作るために合理的なアクションを重ねる事だ。科学的に運動、瞑想、睡眠、野菜摂取の徹底が大脳生理にいい効果を持ち、脳の動作が安定する事は判明している。であれば、これらを徹底する事が一番重要であり、でっち上げられた宗教に入れあげる事など止めるべきだ。

「運動、瞑想、睡眠、野菜摂取の徹底が大脳生理にいい」ということは、概ねその通りだと思います。

しかし、前節で述べたように宗教的観念には一定の合理性がありますから、それを「でっち上げ」というのは、かなり「片寄った」考え方に思えます。

xevraさんの、「運動、瞑想、睡眠、野菜摂取の徹底」という考え方自体は悪くないと思いますし、ぼく自身、日頃大切にしていることです。

しかし、「宗教よりも睡運瞑菜がいい」というのは、事実というよりもxevraさんの信念でしょうし、とすれば、それを他者に「強要」するかのような言説は、ただの「原理主義的」言説にしか思えません。

xevraさんが「睡運瞑菜」を信じることで「心の安定」を計っているように、宗教によって「心の安定」を計っている方もいるわけですし、あるいは、「原子力」を信じることによって「心の安定」を計っている方もいらっしゃるわけですから、残念ながらxevraさんの「強弁」には説得力がない、としか言いようがありません。

とはいえ、人は自分がしたいことをすればいいわけですから、xevraさんが「睡運瞑菜」原理主義を貫くことは誰にも否定できないことです。

願わくば、瞑想を通じてxevraさんが「原理主義の限界」を体得していただけますように。

以上、中途半端な瞑想の心得しかないものが、余計な口出しをしてもうしわけありませんでした。

最後まで読んでいただいたみなさん、いつもありがとうございます。
それでは、みなさん、ナマステジーっ♬

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