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[福島第一事故の放射線による健康被害が存在しないと思っている方は読まないでください]日本学術会議の報告は「福島(第一の事故)で次世代に放射線被曝の影響は考えられない」とは言っていない - SYNODOS掲載の服部美咲氏による『福島第一事故に関する日本学術会議の「合意」についての記事』への疑問

慶応大学文学部出身のフリーライター服部美咲氏*1による SYNODOS に掲載された記事(以下「服部9.19」と書きます)
「福島で次世代に放射線被曝の影響は考えられない」ということ――日本学術会議の「合意」を読みとく / 服部美咲 / フリーライター | SYNODOS -シノドス-
を見て、とてもびっくりしました。

「服部9.19」のタイトルによると、日本学術会議が

「福島(第一の事故)で次世代に放射線被曝の影響は考えられない」

という報告を出したというのですから、日本の医学界の主流派が、科学者としての良心を捨てて、片寄った政治団体となってしまったのかと、目を疑いました。

けれども、報告書を実際に読んでみると、「服部9.19」の解釈は誤読ではないかという疑問が浮かびました。

「服部9.19」による学術会議の報告についての解釈には、様々な疑問点がありますが、この記事では、

  • 日本学術会議の報告は「福島(第一の事故)で次世代に放射線被曝の影響は考えられない」とは言っていない

ということについてのみ説明します。

「服部9.19」への疑問

「服部9.19」の冒頭二段落はこの通りです。

2017年9月1日、日本の科学者を代表する組織である日本学術会議の臨床医学委員会放射線防護・リスクマネジメント分科会が、「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題―現在の科学的知見を福島で生かすために―」という報告書(以下『9.1報告』と表記)を出した。

『9.1報告』はUNSCEAR(国連科学委員会)の各年度の白書を引用しながら、これまでの放射線被曝による健康影響についての知見や、福島第一原発事故後の住民の被曝線量の推定値からも、将来、被曝影響によるがんの増加が予測されず、そして被曝による先天性異常も遺伝的影響も考えられないと結論づけた。特に後者の「次世代への影響が考えられない」ということについては、すでに「科学的に決着がついている」とも明言している。

ところが、日本学術会議の『9.1報告』(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h170901.pdf) にあたると、該当箇所は、

2 子どもの放射線被ばくの影響
 (3) 福島原発事故による子どもの健康影響に関する社会の認識
  ① 次世代への影響に関する社会の受け止め方 (p.9)

だと思われますが、その内容は

胎児影響は、福島原発事故による健康影響の有無がデータにより実証されている唯一の例である。(中略) 福島原発事故から一年後には、福島県の県民健康調査の結果が取りまとめられ、福島県
の妊婦の流産や中絶は福島第1原発事故の前後で増減していないことが確認された
[42]。そして死産、早産、低出生時体重及び先天性異常の発生率に事故の影響が見られないことが証明された[43, 44]。

専門家間では組織反応(確定的影響)である「胎児影響」と生殖細胞の確率的影響である「遺伝性影響 (経世代影響)」は区別して考えられており、「胎児影響」に関しては、上記のような実証的結果を得て、科学的には決着がついたと認識されている。

となっています。

「服部9.19」では、

  1. 被曝による先天性異常も遺伝的影響も考えられないと結論づけた。
  2. 「次世代への影響が考えられない」ということについては、すでに「科学的に決着がついている」とも明言している。

というのですが、

学術会議の『9.1報告』が述べているのは、

  1. (胎児影響については)「福島県

の妊婦の流産や中絶は福島第1原発事故の前後で増減していないことが確認され」ており、「死産、早産、低出生時体重及び先天性異常の発生率に事故の影響が見られないことが証明された」ということ、および、
+
組織反応(確定的影響)である「胎児影響」と生殖細胞の確率的影響である「遺伝性影響 (経世代影響)」は区別して考えられており、「胎児影響」に関しては、上記のような実証的結果を得て、科学的には決着がついたと認識されている。
ということですから、学術会議の報告が 1. において「影響がない」と述べているのは「胎児影響」についてのみで、遺伝性の影響についてはここでは言及していません。

この点、「服部9.19」1. の「先天性異常も遺伝的影響も考えられない」という記述は誤読というべきではないでしょうか。

(なお、別の箇所で、UNSCEAR の評価として、「先天性異常や遺伝性影響、小児甲状腺がん以外のがんに関しては、有意な増加は見られないだろうと予測している」という記述はありますが、これは「影響がない」ということとは異なります)

また、2. において「胎児影響」に関して述べていることは

「科学的には決着がついたと認識されている」

という大変曖昧な記述です。

「科学的に決着がついている」とは述べておらず、誰によって「認識されているか」も不明であり、科学的合意をはかるための報告書の記述としては、不十分かつ不明瞭という以外ないでしょう。

それなのに、「服部9.19」2. では『「科学的に決着がついている」とも明言している』というのですから、これも誤読と考えられます。

わたしは、福島第一事故の影響は、原発の立地地域である福島県にとどまらず、少なく見積もっても、東日本全体の問題ととらえるのが妥当ではないかと思っておりますので、

  • その「影響がまったくない」かのように主張する「誤読」にもとづいた記事がネット上に存在し、
  • 多くの方がそれを信用しているような事態

は、科学的なリテラシーの観点から、注意を喚起することが必要な問題だと考えます。

日本学術会議『9.1報告』への疑問

今回指摘した点を、「瑣末な問題」ととらえる方もいらっしゃるかもしれませんが、「科学的な知見」というものは、小さな事実の積み重ねによって「全体としての整合性」を保つものなのですから、「小さな誤り」を見逃すことは、全体としての信頼性を損なうことにつながりえます。

学術会議の『9.1報告』は、(福島第一事故による「胎児影響」は存在しないということで)

「科学的には決着がついたと認識されている」

というのですが、この文言は、先程も述べた通り、科学的な報告として「不十分かつ不明瞭」な表現であり、このような曖昧な記述がなされていること自体で、『9.1報告』の信頼性は大いに損なわれてているものと考えます。

福島第一事故による放射線の健康への悪影響について、むやみに不安を駆り立てるような発言は慎むべきものと思いますが、科学的には「その悪影響がない」というように断言することは、残念ながらできません。

「服部9.19」によれば、

この報告を受けて、医療関係者に向けた提言が今後まとめられる

とのことで、一般向けではなく、医療関係の専門家に向けた提言をまとめるわけですから、今回の報告書のような「曖昧」な表現を含むものではなく、十分に科学的な提言がなされることを、切に望みます。

なお、この記事を書いているわたくしは、放射線についても、医学についてもなんら専門的な知識を持っているわけではありません。

大学において数学系の学問を専攻したものとして、科学的リテラシーについて関心があるだけの市井の人間です。

ですから、この記事において

「福島第一事故の放射線による健康被害が存在しないとは言えない」

と述べている点は、あくまでも科学的に正確な表現を期するためであって、『9.1報告』を素直に信じるみなさまに不安を与える意図はないことを、どうかご理解ください。

追記: 『9.1報告』について細かい論評がこちらにあります

【2017.9.1 報告 子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題 ー現在の科学的知見を福島で生かすためにー】の矛盾点・問題点 - Togetter
こちらのツイートのまとめは、神戸大学で天文学を研究されている方の発言ですので、『9.1報告』の問題点についての指摘は、十分考慮に値するものと考えます。

*1:出身はhttp://drive.media/posts/6404による

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