*魂の次元*

せっかく生まれてきたんだから、自由に楽しく生きようじゃないですか。

自分の気持ちが分からない!? あなたも「失感情症」かもしれませんヨ

「失感情症」ってご存知ですか?

アレキシサイミア alexithymia の訳語なんですけど、「感情を言葉にできない症状」のような意味で、この傾向を持ち合わせる人は、「自分で自分の気持ちが認識できない」んだっていうんですよ。

しかも研究によると、全体のうち 5% から 9% 近くの人がこの傾向を持つんですって。
(これはあくまで、精神的な「傾向」ですから、ただちに「病気」というわけではありません、念のため)

今回はこの「失感情症」にまつわる、ぼくの個人的な経験談です。

おれって「失感情症」かな?

ぼくがこのアレキシサイミアという言葉に出会ったのは、1987年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した

という本によってでした。
(この本ではアレキシサイミアを失感情言語化症と訳しています)

この本は、コンピュータとの関わりによって人間の心がどう変わるか、といった問題意識から書かれたもので、インターネットがまだ大学などの研究者の間でしか使われていなかった今から30年も前に、ソフトバンクの孫正義氏やアスキーの西和彦氏などのインタビューも含め、時代を先取りした題材をおもしろい切り口で書いた良書です。

そしてその中に、コンピュータを扱う若者の中には一定程度の「アレキシサイミア」が見られるっていう話が書かれていたんです。

それを読んだときに、「おっ、おれもこのアレキシサイミアというやつだ」とぼくは思ったわけです。

当時大学生だったのですが、髪を長く伸ばしてたので、女ともだちからアフガンハウンドに似ていると言われ、「アレックス」(犬の名前のつもりらしい)というあだ名をもらっていたもんで、「おれはアレキシサイミアのアレックスだ」と思い、乗っていた車いすゞジェミニZZ/Tにもアレックス号という名前をつけたりしたものです(笑)。

本日アレキシサイミアとネット上で再会、そして失感情症の特徴

それで今日ですね、うちのブログに星をくださった方のブログをのぞいてみていたら、
自分自身の感情が自覚できない人がいるって知ってた? - ココッチィ
というタイトルが目に飛び込んできたんですよ。

どんな記事だろうなと思って読んでみると、

「自分の相方が気持ちを表現することができない、変だなと思っていろいろ調べたところ、どうもアレキシサイミアらしい」

って話なんです。

それでその相方さんの場合は、特殊な環境で育ったので

子供の頃から、我慢し続けて育ったから、感情を殺す癖がついてるんじゃないか

ということなんですが、これってぼくも、思い当たるフシが、ありありのオオアリクイな感じなんです。

それで、久しぶりにアレキシサイミアに対する関心が蘇って、ネットを調べると、日本語の wiki は大した説明がありません。

で、英語版を読んでみると、

  • 自分の気持ちをとらえたり、表現したり、あるいは扱ったりすることが苦手で、
  • 多くの場合、他人の気持ちが理解できず、
  • 気持ちと体の感覚を区別できない

っていうんですね。

あー、なるほど、これはもうおれ、

  • 完全にアレキシサイミアで決定!!

って感じでした。

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もう少しアレキシサイミアについて説明

さっきの三つの特徴をもう少し具台的に説明してみます。

  • 自分の気持ちをとらえたり、表現したり、あるいは扱ったりすることが苦手

ってことですが、ぼくの場合まったく自分の気持ちが分からないわけじゃありません。

でも、うちの奥さんとの間でこういうことがあるんです。

ぼくは怒ってるつもりはないのに、奥さんはぼくが怒ってるっていうんですね。

怒ってるって自覚が全然ないから、「怒ってなんかいないよ」って答えるんですが、その時点で「あれ、おれの声、だいぶ強い調子だな」ってんで、自分が怒ってることに気がつきます。

まあ、このくらいのことは、割と多くの人が経験してるかもしれません。なにしろ全体の 9% くらいの人が「失感情症」の傾向を持っているってんですから。

逆に多くの人は、もっと早くに自分が怒ってるのに気づくってことでしょうね?

次の

  • 多くの場合、他人の気持ちが理解できない

ってやつなんですが、これにはかなり苦しめられました。

というのは、これまたうちの奥さんが、

「自分の気持ちを分かってくれない」

といってぼくのことを責めるんですね(笑)。

これも、言われれば「ああ、そうだな」と思うのですが、相手の気持ちを察するということができないので、事前に思いやって何かをするということができず、奥さんのほうに気を使ってほしいことがあるたびごとに、

「あなたは、わたしの気持ちなんか考えてない」

ってやられるもんだから、いやー、これは結構きついです(泣)。

そして最後のこれ、

  • 気持ちと体の感覚を区別できない

なんですが、多分これって多くの方には意味不明ですよね。

で、実は今ぼく、これを書いてる間も腰の辺りが、緊張して緊張してしょうがないんです。

たぶん、この腰の緊張は、普通の人だったら、何らかの気持ちとして自覚されることなんじゃないかなって思うんです。

この緊張については、昔はそこに緊張があることすら自覚できませんでした。

それが瞑想やったり、ボディワークやったりしてるうちに段々変わってきたんですけど、まだはっきりとは気持ちとして理解できません。

でも、そこに悲しみの気持ちがあるのは最近ついに分かるようになりました。

目からうっすら涙が浮かんできたりするんですよね。

とまあ、分かるような、分からないような話ではありますが、そんなようなことで、世の中には、自分の感情というものを自覚することが難しいタイプの人間が、程度は人それぞれですけれども、案外いるものなのだ、というお話なのでした。

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というわけで、今回は、山倉梨子さんの記事から始まった、ぼくの個人的な物語でした。

梨子さん、ぼくのけったいな記事に星をいただいた上、ずきんとくる読み応えたっぷりの記事まで読ませていただき、本当にありがとうございました。

てなわけで、今日はおしまいです。
それではみなさん、ナマステジーっ♬

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